川添愛『精霊の箱』感想

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久々にきっちり本を読んだ気がするので感想的なものとかを置いておきます.

概要

川添愛『精霊の箱(上・下巻)』(東京大学出版会)は2013年刊行の同作者の『白と黒のとびら』の続編です.僕が大学入りたての頃に前作を読んで刺激を受けた記憶があるのですが,この辺りのことは頭痛がするので触れないでおきます.
『白と黒のとびら』はオートマトン形式言語がメインでチューリングマシンのさわりまで,『精霊の箱』はチューリングマシンとそれによる計算,といった部分を取り扱っており,それらをハイファンタジー世界における遺跡・古代言語・呪文・…といったガジェットに置き換えて解説するというかなり異色の入門書です.おおよその雰囲気はそれぞれ公開されている冒頭部分のPDFを見て頂けるとつかめるんじゃないかと思います.

書籍一覧・検索 » 白と黒のとびら - 東京大学出版会
書籍一覧・検索 » 精霊の箱 上 - 東京大学出版会

個人的にはこの本は素晴らしいのに構造的におすすめしにくいというのがあって,というのも「この本の~~が素晴らしい」と紹介しようとしても物語(清く正しいファンタジー冒険小説です)部分のネタバレに触れるわけにはいかず,かといって理論部分についても遺跡や古代言語の謎といった姿を借りて登場するそれらを主人公たる魔導師の弟子ガレット君(と読者)が解き明かしていく部分にこそカタルシスがあるので,どちらも詳しく触れづらいのです.後者についてはもしかしたら純粋な数学書でも「あの本のラストはファイブレーション定理の証明だよ」とか言われたらネタバレだと感じる人がいるのかもしれません.本当に?
とはいえ何も触れずに皆さん読んでみてくださいねという訳にはいかないので以下では多少のネタバレは辞さない方向で少し中身を紹介してみます.

感想



*1

下手に返信扱いにすると引用する際に重複して表示されてしまうという学びがあります.
最後の不満点についてですが,ガレット君は前作までや『精霊の箱』の序盤までは結構親近感の湧くような怠惰気味(しかしやるときはやる)な子なんですが,色々とやむにやまれぬ事情があり,真面目に修行をすることを余儀なくされます.その時の語りが以下のようなものでして.

そして何よりも、僕はあまり余計なことを考えなくなった。今までは、「強い魔術師になるために、もっと手っ取り早い方法があるんじゃないか」とか、「有能な他人がいくらでもいるのに、『僕』が成長しようとすることに、どれほど意味があるのか」などという考えがよく頭に浮かび、目の前のことを続ける気力が失せていた。しかし今は、そんなことを考えている時間がない。「手っ取り早い方法」もあるのかもしれないが、自分が今知らない以上は、ないに等しい。

とても厳しく,実感のこもった良い文章です.全編にこのような魔術師=研究者を目指すにあたっての心構えのように受け止められる部分がちょくちょく登場するので,特に大学生の読者にとっては刺激を受ける部分が多いんじゃないかと思います.
不満だと書いたのは,ガレット君の上記のような精神面での成長がやや性急に感じられたからです.作中で色々なことがあった故というのは分かるのですが,何分非常に読みやすく,サクサク進んでしまうのもそう思ってしまう一因かもしれません.あるいは自分自身を例にして怠惰な人間は怠惰なまま長いこと成長できないことを知っているので妬んでいるという説も有力です.いずれにしろ特に気にするほどでもないことを断っておきたいと思います。

また,今回続編であるところの今作を読むにあたって『白と黒のとびら』の方を数年振りに再読したのですが,持っている知識が増えたためか理論部分も余すことなく堪能することができました.



キャッチコピーと言っているのは『精霊の箱』上巻の帯の推薦文「人は土壇場のぎりぎりのところで何を選択するのか。」という浅井健一*2のものです.このフレーズは『白と黒のとびら』で重要な役割を果たしますが,それ以上に『精霊の箱』の最終決戦の結末においてもとても意義深いものになってきます.ガレット君だけでなく敵方を含めた登場人物全員の選択とその結末について考えてみると面白いかと思われます.

こういうイベントがあります

『精霊の箱 上・下』刊行記念 川添愛先生講演&サイン会 - 書泉/東京・秋葉原

本当はもう少し突っ込んだこと(呪文と装置の関係,その現実的な意味とか)を書こうとしていたんですが,時間がないのでとりあえず感想だけ上げておきます.
今日の講演会に参加して,また何かあったら関連した記事を書いてみたいと思います.

最後に,とても真摯にこれらの本の内容を紹介していらっしゃる記事を見つけたので紹介しておきます.

数学的原理に裏打ちされたファンタジー小説──『精霊の箱: チューリングマシンをめぐる冒険』 - 基本読書

まとまりませんがここら辺で.

*1:作中の「反転」の呪文はビットリバース(並びを左右対称に入れ替える)で,ビット演算のNOTのことではありません.このツイートは調べて書いてるうちに混同したものと思われます.

*2:ロック歌手ではない